伊万里焼(古伊万里)

文禄・慶長の役(1592~98年)で朝鮮半島から来た人びとの手で、1610年代ごろに、有田町中部あたりでつくり始められた。

古伊万里は日本で最初に作られた磁器で、17世紀初頭、豊臣秀吉の朝鮮出兵により多くの陶工が佐賀藩に連れられてこられ、その技術が伝わったのが始まり。

1610〜1630年ごろの「初期伊万里」では、絵付けの前に素焼を行わない「生掛け」で、中国の様式を模倣しつつ、日本らしい素朴な味わいの染付が多い。

1660〜1690年ごろの「柿右衛門様式」になると、素地に直接絵を描いて焼き上げる「濁手」によって、赤を中心により鮮やかで丁寧な色絵となっている。

1690~1740年ごろの「金襴手様式」では、赤地に絵付けしたあとから金を焼き付け、さまざまな色のほどこされた豪華な仕上がり。

 

唐津焼

唐津焼(からつやき)は、近世初期以来、現在の佐賀県東部・長崎県北部で焼造された陶器の総称。日常雑器から茶器までさまざまな器種があり、作風・技法も多岐にわたる。茶碗は古くから「一三唐津」と称されて名高い。